ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授のiPS細胞※1は作製に成功して今年で12年。再生医療実現への大きなブレークスルーとして世界中で関連研究が巻き起こり、理化学研究所における世界初のヒト臨床試験に続き、今年5月には大阪大の心不全治療を目指した臨床研究計画が厚労省に了承され、今月からは京都大がパーキンソン病の臨床試験を開始するなど注目を集めています。再生医療の他にも、病態解析、創薬、オーダーメード治療での実用化が期待されていますが、これらを産業的に成立させるためには、数多くの工学的基盤技術の開発・実装が必要な段階と言います。大量の細胞を十分な品質(安全・機能)でタイムリーに生産し医療機関に届ける技術・産業が必要なのです。大阪工大生命工学科の長森英二准教授は、その大量培養法や骨格筋製造技術の開発なども研究。基礎研究を“バイオものづくり産業”につなげる役割を果たそうとしています。その長森准教授にiPS細胞研究の現状と産業化への課題などを聞きました。複雑な臓器の再構築へは道半ば私たちの体内には未分化の幹細胞があります。状況に応じてどんな種類の細胞にも変化する万能細胞です。この万能細胞を人工的に作ったものがiPS細胞やES細胞です。iPS細胞を使った再生医療というと、臓器移植のための心臓や肝臓などを作ることをイメージする人が多いと思いますが、再生医療の現状は「まだ単純なものしかできない」段階です。心筋細胞シートや軟骨組織のような単一細胞からなり血管などを含まない構造はできるのですが、血管や神経の張り巡らされた臓器など複雑な構造の組織構築は研究途中で、まだ作ることはできません。ただ再生医療の目的は臓器を作ることだけではありません。創薬分野では単一細胞でも十分に役立ち、欧米ではこの分野が主流です。iPS細胞のような幹細胞から目的臓器の細胞を作り、それらを立体的に集めて目的臓器の形や機能を持たせる技術を組織工学と呼びます。医学研究者は最初の1例を作ることを誉れとしますが、それをものづくりの視点で品質を保証して、例えば1万人に提供できる技術にまでシステム化するのが工学者の役割です。iPS細胞が生む新“バイオ産業” ものづくり視点の工学者の役割が不可欠大阪工業大学 工学部 生命工学科長森 英二 准教授長森研究室で2次元培養されたヒトiPS細胞のコロニーながもり・えいじ ■1997年名古屋大学工学部生物機能工学科卒。1999年同大学院工学研究科生物機能工学専攻修士課程修了。2001年同博士課程修了。同年大阪大学大学院博士研究員。2002年豊田中央研究所研究員、グループリーダー。2011年大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻生物工学コース講師。2016年から現職。博士(工学)。大阪大学在職時には澤芳樹大学院医学系研究科教授らが推進するiPS細胞由来心筋細胞シートによる心筋再生治療の開発を始めとする複数の再生医療プロジェクトにおいて細胞製造技術の構築に協力。愛知県出身。500μm『ひらく、ひらく「バイオの世界」─14歳からの生物工学入門』(化学同人)より転載再生医療の流れニューウェーブ教育・研究07FLOW | No.80 | August, 2018
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