常翔学園 FLOW No.80
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医師が使う薬を製造する製薬産業があるように、培養したiPS細胞や製造した組織・臓器を医療機関に届ける新しい“バイオものづくり産業”を育てる必要があります。この新産業が担うのは、①治療に必要な大量(10億~100億個/患者)のiPS細胞を必要な時に培養・製造・調達し保管する ②大量培養した細胞を材料に組織工学の技術で目的の細胞や複雑な組織・臓器を作る ③作った臓器を培養して機能的に育てる、といったことになります。私の研究は当初、①のiPS細胞の大量培養技術の開発で、高密度な培養ができる3次元培養技術の効率化や、バイオリアクター※2で安定して培養するための装置・操作論の設計技術を開発してきました。現在では大量培養の技術はほぼ確立されてきており、私の研究も②の複雑組織の再構築に移っています。観察し理解し設計する組織工学は、高校の生物の教科書にも載っている受精卵が多細胞の高次な状態へ不可逆的に変化・発展する“発生”という過程をまねる技術です。発生を促進したり阻害したりするタンパク質などの因子が知られており、それらをコントロールして目的の細胞を作ります。私が力を入れている研究の一つは骨格筋という臓器を作ることです。筋肉細胞の中に血管細胞が混ざるとどんな挙動をするのか観察し理解することから始まり、血管を筋肉内に定着させ、制御し設計する技術などを研究しています。組織工学では混合した異種細胞の挙動を制御する主たる因子を特定することが難しいのです。私にとって再生医療研究の魅力は分からないものだらけの分野へのチャレンジでもあります。作った臓器を機能的に育てるために、生体内環境を模倣した培養技術(臓器バイオリアクター)の開発も研究テーマです。例えば筋肉の場合、生体内で神経から受け取る周期的電気刺激を培養環境で再現(筋トレ培養)することで、筋組織が肥大・発達することが分かりましたし、逆に電気刺激を停止することで寝たきりなどで起こる筋委縮に似た現象を再現することにも成功しました。工学的センスを持ったバイオ人材を育成バイオと言ってもサイエンスのバイオとエンジニアリングのバイオがあります。酒造りをするのは微生物の研究者ではなく職人(技術者)です。学生を新しい産業に貢献できるバイオ技術者に育てるのも私の役目です。例えば細胞増殖を定式化できるような工学的なセンスを持って生命現象を操作できる人材を社会に送り出したいと思っています。臨床培養士などの資格認定制度も日本再生医療学会で整備されてきており、細胞培養を工学的に設計できる人材育成に対する社会からの要請は今後増します。また、再生医療の技術は多くの要素技術を組み合わせてシステム化することが必要で、異分野研究者や企業との連携にも取り組んでいます。さしあたり骨格筋を対象に産学連携コンソーシアムの形成を進め、大阪工大をはじめ全国の研究者の知見を集めて骨格筋の再生医療、創薬支援技術はもちろん、培養食肉、培養筋アクチュエーターの実現なども視野に入れた筋機能を使いこなす技術群の社会実装(「筋スマート社会」の実現)に向けて活動しています。研究室のバイオリアクター※1【iPS細胞】「induced pluripotent stem cell」の頭文字を取った人工多能性幹細胞。人間の皮膚などの体細胞に少数(3~4つ)の因子を導入し、培養することによって作る。さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力を持つ。名付け親は、2006年に世界で初めて作製に成功しノーベル医学生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授。同じ人工多能性幹細胞のES細胞が患者以外の人の受精卵を利用する倫理的な問題や拒絶反応の問題があるのと異なり、患者本人の体細胞から作られるiPS細胞にはそうした問題がなく、再生医療を一気に促進すると期待されている。※2【バイオリアクター】微生物などの生体触媒を用い、物質の合成・分解などを行う装置。生物反応装置。ヒトiPS細胞集塊の超大量培養技術の開発 : 増殖挙動の理解 効率的プロセス(操作)確立へiPS24 h120 h72 hBioproc. Biosyst.Eng., 40, 1, 123-131(2017)J. Biosci. Bioeng., 124, 4, 2017,469-475,2018年度生物工学論文賞受賞増殖に適した集塊径(境界条件)の明確化(Scale bar: 100 µm)、、308August, 2018 | No.80 | FLOW複雑組織を製造するプロセスの実現に向けて4D4D3D&シミュレーター4D-CAD4D、、、

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