常翔学園広報誌 FLOW 77号
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国家権力の介入を排除する都市開催国家間の競争を否定する五輪憲章■ オリンピックは都市が開催するものなのに、今や国家の威信を 懸けた大会です。川田 国際オリンピック委員会(IOC)の五輪憲章には、「オリンピックは選手の競争で国家間の競争ではない」と書かれています。国家権力の影響を抑えるために都市が開催するものとなっており、本来オリンピックは国威発揚の場ではないのです。近年は商業主義が強まり、スポンサーの発言力が高まっています。オリンピックの商業主義はロサンゼルス大会から強まりましたが、財政的な国家の影響力から自由になるためでもあったのです。しかし、それが行き過ぎてさまざまな歪みを生んでいるのが現状です。ビッグマネーが動くことから、国家間のメダル争いが熾烈化し、メダルを獲るために国家ぐるみのドーピングまで起きています。平和、連帯、相互理解、人権、平等、公正といったオリンピックの理念が置き去りにされています。「勝つことではなく参加することに意義がある」というオリンピックの原点をもう一度かみしめることが必要です。■ そうした問題に対処しきれていないIOCに問題はないのですか?川田 IOCという組織の脆弱さに問題があります。委員は各国からの寄せ集めで、大国の利害関係を調整する力が弱く、逆に大国の思惑や戦略に左右されています。そもそも開催都市決定に国家の政治力が決め手になっています。近年、オリンピックのたびに国連総会が期間中に紛争を控え停戦するよう加盟国に求める停戦決議を採択しています。IOCと国連が連携した動きです。北朝鮮情勢が影を落とす平昌冬季オリンピックでも昨年11月に停戦決議が採択されました。東日本大震災からの復興五輪という意義■ 1964年の前回の東京大会は日本が国際舞台に復活する象徴的 な大会になりましたが、2020年の東京大会の意義は何で しょうか?川田 オリンピックは単なるスポーツの祭典にとどまらず、時に開催国の歴史的転換点にもなる巨大イベントです。1964年の東京大会だけでなく、2008年の第29回北京大会も中国が大国の仲間入りを果たした大会となり、中国国民がインフラ整備や中国選手の活躍で大きな達成感を得て自信を深めました。 次の東京大会は何より東日本大震災からの復興五輪という意義があります。メルトダウン(炉心溶融)した福島第1原発の問題を少しでも収束させ、生活再建を果たした被災者の姿を世界の人々に見てもらう大会のはずです。しかし、その理念が次第に薄れてきているのが心配です。また、伝統的な歌舞伎や茶道などにとどまらず、正確な列車運行や清潔なトイレといった現代の日本社会や文化の魅力を多言語で発信する大会にもなるでしょう。 今の大学生は1998年の長野で開催された第18回冬季大会すら記憶がない世代ですから、彼らにとって初めて体験する国内のオリンピックにもなります。■ テロの懸念もありますね。川田 テロ対策は大きな課題の一つです。1972年の第20回ミュンヘン大会でアラブ系ゲリラがイスラエル選手団を襲撃し選手、コーチ、審判、警察官の計12人と犯人5人が死亡したのが、オリンピックがテロに巻き込まれた最初です。近年は民族や宗教の対立でテロの懸念がより高まっています。テロ対策として警備費用は膨らみ、大会を重ねるごとに監視カメラ、金属探知機、X線スキャナー、電子タグ入りチケットなど軍事施設や空港と同じような先端技術の監視システムが導入されてきました。オリンピックは今や警備会社や防衛産業の見本市の様相です。昨年6月、国会で捜査当局の権限を強める改正組織犯罪処罰法が成立しました。政府は東京オリンピックを見据えたテロ対策強化を法改正の理由にしています。しかし、市民生活のプライバシーが公権力の高度な監視システムにさらされるという批判も根強くあります。難民選手団という明るい動き■ お話を伺っていると「どこが平和の祭典だ」という気になりますね。川田 平和の祭典にふさわしい動きもあります。2016年の第31回リオデジャネイロ大会では初めて難民選手団(10人)が参加しました。シリアやエチオピアなどから逃れた難民の選手たちです。IOCが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などと連携し実現しました。IOCは2020年の東京大会でも難民選手団を継続する方針です。■ 授業に対する学生たちの反応はどうですか?川田 1年生対象の国際理解・国際協力の授業と2、3年生対象のこの国際関係論の授業は、グローバル人材育成の目的もあり始めたのですが、学生たちの関心は高く手応えを感じています。私が毎年アジア諸国で実施しているフィールドワークの具体的な話題も交えて、平和の尊さを伝えようとしています。現代の科学技術は軍事技術とすぐにつながります。平和の問題を考えることは理系の学生にとってとても必要なことです。特にオリンピックの歴史は平和について学ぶ格好のテーマです。12January, 2018 | No.77 | FLOW■近代五輪と国際政治の関連年表1896年1916年1940年1944年1972年1980年1984年1996年第1回アテネ大会第6回ベルリン大会が第1次世界大戦で中止第12回東京大会と冬季札幌大会が日中戦争で中止第13回ロンドン大会と冬季コルチナ・ダンペッツォ(イタリア)大会が第2次世界大戦で中止第20回ミュンヘン大会でアラブ系ゲリラがイスラエル選手団襲撃のテロ(犯人含め死者17人)第22回モスクワ大会でソ連のアフガニスタン侵攻で約50カ国がボイコット第23回ロサンゼルス大会で旧社会主義諸国がボイコット第26回アトランタ大会の屋外コンサート会場でキリスト教原理主義者による爆弾テロ(死者2人)ネパールのヒンドゥー教聖地で修行者と川田教授(右)=川田教授提供
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