常翔学園広報誌 FLOW 76号
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コニカミノルタとの出会いコニカミノルタとの出会いは2015年夏のイノベーション・ジャパン(大学見本市)でした。人の体臭を数値化する機器の開発を目指していたコニカミノルタが、私たちが出展した口臭識別器に着目し、共同研究を申し入れてくれたのです。人間の大脳中枢の五感情報の中では、視覚情報の比重が9割を占めるとされ、それに比例して研究も視覚(画像処理)に関するものが圧倒的で嗅覚やニオイの研究は多くはありません。しかし、嗅覚情報をうまく処理できれば情報全体の質の向上が図られます。食べ物の焦げたニオイを嗅ぎ分けて調理機のスイッチを切るような「ニオイ・スイッチ」の開発も可能ですし、ニオイ識別で火災報知器の精度を向上させられます。ニオイはまだまだ研究の余地がある分野なのです。2001年に資生堂が高齢者の体臭の原因の一つ「2-ノネナール」を突き止めたことで「加齢臭」として話題になり始めました。私たちとコニカミノルタはこの加齢臭に汗臭、ミドル脂臭を加えた3大体臭を測定し数値化する簡易な体臭チェッカー「クンクンボディ」の商品化を目指したのです。世界に先駆けた「ニオイの可視化」への挑戦でした。人知れぬ悩みを解決するツール同じニオイを嗅ぎ続けると人はそのニオイを感じなくなってしまいます。「ニオイのマスキング現象」と言いますが、自分のニオイの自覚が難しい原因です。ニオイは他人が指摘してくれることはまれで、自分が臭っているのではないかと人知れず悩んでいる人も多いはずです。クンクンボディは、ニオイを数値化し画像表示することでその悩みを解決するツールになります。3大体臭のうち若い人に特徴的な汗臭はアンモニアやイソ吉草酸、中年のミドル脂臭はジアセチル、加齢臭は2-ノネナールが主要な成分です。汗臭は酸っぱいニオイで、ミドル脂臭は使い古した油のようなニオイ、加齢臭は枯草のようなニオイです。クンクンボディは手のひらサイズで重さが約100gのセンサーとスマートフォン用アプリケーションで構成します。頭、脇、耳の後ろ、足の4カ所の体臭を測定し、そのデータがブルートゥース(近距離無線通信の一種)で送られて、20秒ほどでスマートフォンのアプリケーション上に表示されます。測定結果は3つのニオイの強さが10段階で表示され、3つのニオイを総合したニオイレベルも100段階で表示されます。その結果でニオイ対策が必要かどうかも示してくれます。センサーに直接データを表示させないのは、ニオイが個人情報そのもので慎重に扱わないといけないからです。簡単に他人のニオイを測定するようなことができないようにしているのです。また一般販売の予定価格も約3万円と少し高価で、それが子供が遊び半分で手に入れて使うことへの歯止めにもなります。あくまで大人にエチケット対策として使ってもらうことを想定した製品です。センサー内には4つの半導体ガスセンサーが内蔵され、ニューラルネットワークを使ったAI技術で3つの体臭の特徴をとらえます。開発段階で人間の体臭の膨大なデータを収集し、学習させることで体臭測定のプラットフォームを構築しました。7月に東京と大阪で記者発表すると反響は大きく、国内外の多くのメディアに取り上げられました。まだ一般販売はこれからですが、インターネットでこのプロジェクトへの資金援助を募るクラウドファンディングを通じて行った事前予約では3カ月で1842件の申し込みがあり、4800万円以上の資金が集まりました。クンクンボディというコニカミノルタの抜群のネーミングも寄与しています。企業と大学がそれぞれの持つ技術やアイデアを組み合わせるオープンイノベーションが成功した例だと言えます。企画から製品化までが約2年で、通常の製品開発の半分の短期間で実現しました。大学だけではとても無理な開発で、大企業の人材や資金力の凄さを実感した2年でもありました。口臭やタバコ臭の見える化も視野に世の中には問題となるニオイがまだまだたくさんあります。口臭は多くの人が気にするニオイですが、口臭には多くの水蒸気が含まれ測定精度の障害になります。私は呼気から水蒸気だけをはじくセンサーの特許も取っていますが、製品化までにはしばらく時間が掛かりそうです。またタバコのニオイの研究も進めたいと思っています。私は愛媛県の農家で育ちました。子供のころには、栽培した葉タバコの夏の乾燥作業がきつかったのですが、この作業で手についたタバコのヤニのニオイがなかなか落ちなかったのをよく覚えています。それだけにタバコを吸わない人の気持ちがよく分かります。将来、がんなどの特定の病気に特有のニオイを嗅ぎ分けられるようになれば医療分野でも使えます。クンクンボディは今後も、第2弾、第3弾と進化する可能性が大きな製品なのです。大松教授の著書はイギリス(オックスフォード大学)、ドイツ(スプリンガー)、ロシア(ナウカ)など海外でも出版されている10November, 2017 | No.76 | FLOW
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