活躍する卒業生:学校紹介

剣道も銀行の仕事も「人間を磨く」手立て

りそな銀行 枚方ローンプラザ 部長   梶原 博文   さん

梶原 博文 さん:りそな銀行 枚方ローンプラザ 部長

PROFILE
1987年大阪工業大学高校(現常翔学園高校)卒。1992年摂南大学法律学科卒。同年大和銀行(現りそな銀行)入行。9拠点を経て2015年から現職。あべのハルカスローンプラザの新店舗開設も担当。剣道錬士6段。2005年より摂南大学剣道部監督。大阪府出身。

摂南大法学部1期生でりそな銀行のローンプラザ部長として勤務する梶原博文さんは剣道錬士6段の剣の達人です。大手都市銀行の地域拠点を担う多忙な要職にありながら、今は母校剣道部監督も務めています。梶原さんのこれまでの人生は知らず知らずのうちに剣道に導かれてきました。銀行の仕事も剣道の理念にある「人間形成の道」で、信用や高潔さを求められるのは剣道人と共通すると言います。

今では剣道が生活の大きな柱になっている梶原さんですが、「自ら進んで剣道を選んだことはなかったんですよ」と話します。小学生の時、兄にくっついて道場に通い始め、中学でも部活動で続けましたが、大阪工大高(現常翔学園高)では勉強に専念しようと考えていました。「入学時に既に身長が180㎝あったので当時のラグビー部監督・故荒川博司先生から強く入部の誘いを受けました。全国強豪チームの練習についていくのは無理と思い、断るための口実に『中学では剣道部だったので』とつい口を滑らせたら剣道部の顧問の先生に聞かれてしまったのです」と笑います。剣道部入部後は、「剣道で体育大に進んで母校の体育教師で戻って来い」と期待されるまでに。しかし、梶原さん本人はジャーナリストの落合信彦の本などに影響され、「国際人として活躍したい」とアメリカの大学への留学準備のため外語専門学校に通い始めたのです。ところが、「あなたは一度出たら絶対に日本に帰ってこない」と普段はおとなしい母に猛反対され、母思いの梶原さんは断念。税理士だった父の影響もあり、金融関係に進むことも考え摂南大に新設された法学部に進みました。

「今度こそ剣道とは離れて自分がやりたいことをやる」と入学したものの、すぐに高校の剣道部同期の友人につかまり入部。3年で全日本学生剣道選手権大会に個人で出場。4年では主将として部を大阪府大会準優勝に導きました。就職では、その実力が知れ渡っていたことから剣道部のあった大和銀行(現りそな銀行)から誘われ、金融関係7社の内定を断って入行しました。実業団でも活躍した後、町道場で指導するようになると、剣道を楽しむたくさんの人たちと出会い、初めて剣道が楽しいと思えるように。「勝つための剣道ばかりをしていて、もっと奥深いものに気付かないでいたのです」と振り返ります。12年前から母校である摂南大剣道部監督も務め、部員指導の中心は技術指導より「人として大事なことや選挙権を持つ社会人の基本」と話します。

25年に及ぶ銀行員人生は、大半が支店を中心にした営業の仕事。入行時から「人と話ができる職場」を希望し、今では地域のローン営業拠点で16人のチームをまとめます。「家を建てることは人生の一大イベントで、住宅ローン相談を通してお客様のいろんな話が聞け、その夢の実現に携われるこの仕事は天職と思っています」。また、さまざまな企業のトップと直接話せる機会が多く「自分の人間形成の大きな力になっています」とも話します。ネット銀行やフィンテック(ITを駆使して金融サービスを生み出したり、見直したりすること)の登場で、激動の時代を迎えている銀行業界。変化は速く、常に勉強が求められます。だから大学の後輩たちへのアドバイスも「とにかくいろんな本をたくさん読んで知見を広めること」です。

枚方T-SITE内の枚方ローンプラザはカフェのようなくつろぎ空間枚方T-SITE内の枚方ローンプラザはカフェのようなくつろぎ空間

社会からは「銀行員なら知っていて当たり前、できて当たり前」と見られ、何より信用と高潔さが求められます。「剣道人に求められるものと同じなんです。剣道をやっていなければ、利益さえ上がればいい、と思う銀行員になっていたかもしれません」と話す梶原さん。剣道を通して得られた経験や人との触れ合いが大きな財産になっています。梶原さんにとって剣道も銀行の仕事も「人間を磨く」手立てなのです。

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