学園広報誌「FLOW」:東京五輪 x 「Team常翔」

超ビッグイベントの五輪 新規需要という石をどうとらえるかで経済効果の波紋の予測に違い

オリンピックや万国博覧会などビッグイベントがあるといつもその経済効果がニュースになります。経済効果の大きさが、そのイベント開催の決め手になることもあります。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの経済効果について、東京都をはじめ多くの機関がその試算を公表しています。ただ、機関によって試算額に大きな違いもあって、「いったいどれが正しいの?」と疑問も出てきます。経済効果とは何なのか。応用計量経済学者で、バンクーバー冬季五輪など各種イベントの経済効果を試算したこともある摂南大経済学科の郭進准教授に解説をお願いしました。

PROFILE
摂南大学 経済学部 経済学科  郭 進  准教授

2004年大阪府立大学経済学部経営学科卒。2009年同大学院経済学研究科理論・計量経済学専攻博士課程修了。2010年摂南大学経済学部経済学科専任講師。2016年4月から現職。博士(経済学)。中国・上海市出身。

産業連関表を使って計算

経済効果を試算するおおよその流れを教えてください。

総務省が5年ごとに更新し公表する全国産業連関表という統計表を使って試算します。産業連関表はロシア生まれのアメリカの経済学者W・レオンチェフが初めて作成したもので、1年間にある国の各産業部門にどんな生産要素が投入(インプット)され、生産された財・サービスが各産業部門と民間・政府・輸出部門などにどのように配分(アウトプット)されたかを示す表です。産業間の取引状況が分かり、経済分析や予測に有用です。レオンチェフはこれでノーベル経済学賞を受賞しました。今では、世界85カ国(1999年、国連工業開発機構)が産業連関表を公表していますが、その中でも日本の産業連関表は、正確性や更新頻度など優れたものです。この表にある「ある産業に1単位の新規需要が発生した時にその需要を満たすために各産業に次々に誘発される生産がどれくらいになるか」を示す係数(逆行列係数)を使って経済効果を計算することができます。全国産業連関表以外に、都道府県・市産業連関表、地域産業連関表など、それぞれの目的に応じた多くの産業連関表も作成されています

経済効果を学生に説明する際に使うイメージがあります。静かな湖の水面に石を投げ入れると、波紋がどんどん広がっていくのを想像してください。この石が新規需要で、湖の表面が産業連関表、広がる波の高さを合わせたものが経済効果と言えます。

石の大きさによって波紋の大きさも違ってきますね。

経済効果を試算する時に一番大事なのは、その石の大きさ、つまり新規需要がどれくらい、どんな部門に生まれるかを正確に推定することです。それが分かれば産業連関表とパソコンを使って計算できるのです。あるイベントが生む経済効果を推定する場合を考えます。まず、どの部門に新規需要が発生するかを予測します。そのために、過去の同じようなイベント事例を探し、どんな需要があったかを調べ、参考にします。バンクーバー冬季五輪の経済効果を試算した時も、過去の冬季五輪での試算でどんな項目に新規需要を設定したかなどを調べました。参考事例がない場合は、自らイベント参加者などへのアンケート調査、事業者や官庁などへの聴き取り調査などを行い、データを集めます。より精度の高い推計をするために、参考事例があってもこうした独自調査を実施することもあります。この他に、企業関係データ収集をする場合、企業秘密としてデータを教えてもらえないこともあり、データ収集の創意工夫が正確な需要予測のカギになります。そうやって新規需要という石の大きさを確定します。同じイベントでも各機関によって経済効果の違いが出るのは、「どの部門に、どのくらいの需要が生まれるか」という新規需要のとらえ方が違うからなのです。

東京オリンピックの経済効果でさまざまな試算があるのも新規需要のとらえ方の違いですね。

オリンピックのような超ビッグイベントの場合、新規需要を推定するには影響範囲をどこまで入れるか、時期をいつまで入れるか、それだけで大きな差が出ます。例えば、東京オリンピックのメインスタジアムは、当初と大きく建設費が変わったので試算も違ってきます。また、日銀は会場設備などの直接的な需要だけでなく、民間ホテルの新築・増改築や都心の再開発などの間接的な需要も入れて、関連する建設投資需要が10兆円と推定しました。開催が決まる前の2012年には、東京都は施設整備費を含めた資本投資と大会運営費などの消費支出を合わせた新規需要を全国で1兆2200億円と推計していました。その後、今年3月に東京都は2030年までの新規需要を直接効果2兆円、大会後10年までの「レガシー効果」12兆円と試算し、経済効果は32兆円に上りました。

推計時点と推計期間以外は、同じ推計項目であっても、設定条件の違いによって試算の結果も変わってきます。東京オリンピック経済効果における外国人観光客の消費支出の推計方法を例に、説明します。

日銀は2020年に海外からの観光客が3200万人になると想定しています。この中にはオリンピックがなくても来るはずの海外の観光客も含まれています。しかし、今の時点でそれを見極めるのは難しいです。この他に、代替効果と言いますが、五輪の混雑や旅行費の高騰で日本を敬遠する観光客もいます。更に、消費税がいつ上がるか、ビザ取得条件の規制緩和なども観光客数に大きく影響します。以上のような設定条件が変われば、推計結果も変わります。いずれにしても大会開催後に検証されるでしょう。

オリンピックの経済効果試算における特徴的な事情は、あえて言えば、国全体に影響するほどの規模の大きさです。それに2013年に東京開催が決まってから、2020年の大会開催まで7年間もの長い期間があるということです。すなわち、どの時点で、いつまでの期間を試算するか、それだけでも結果が違ってくるのです。長い期間であれば、予想自体が難しくなり、予想外のことの起こる確率も高くなり、試算も難しくなります。もちろん、大会に近付けば近付くほど正確な試算が可能ですが、経済効果は少しでも早く試算することも求められます。どの機関が早い段階で最も合理的な予測と分析をもとに経済効果が試算できたのか、腕が問われます。

過去に先生が試算された経済効果で印象に残っているものはありますか?

大学院生時代に和歌山電鉄貴志川線貴志駅の猫の駅長「たま」の経済効果を試算しました。猫の駅長の話がニュースに取り上げられ、国内のみならず、海外でも話題になりました、観光客が押し寄せ、売店や飲食店、旅館などの売り上げが伸びました。お土産や写真集も売れ、経済効果は当時(2007年)11億円ほどです。額自体はそんなに大きいわけではありませんが、廃線の危機だったローカル線を存続させることができ、地域経済を救いました。11億円という数字に表れない大きな効果も生んだのです。どこにも頼らず、地域住民のアイデア一つでみんながウィン・ウィンになったことは素晴らしいです。学生たちにも新しいアイデアを出す力を身につけてほしいと話しています。

明るい未来への期待を生む役割

経済効果を試算するメリットは何ですか?

経済モデルを用い、あるイベントの経済への影響を定量的に分析することで、人に未来への明るい期待を与えることです。人々は未来の経済にポジティブな期待を持てないと、お金を消費や投資に回さず、貯蓄してしまいます。これは、良好な経済循環につながりません。経済予測で一番難しいのは人々の期待を予測することです。政府が打ち出した経済政策の有効性も、人々が抱く期待によって大きく左右されます。人々の期待(行動など)に関する予想が外れたら、経済政策の効果のみならず経済効果も薄れます。

まれな事例ですが、オリンピックのような場合、駆け込み投資・消費があるので、大会開催後に経済が冷え込んだこともあります。しかし、経済効果は基本的にポジティブシンキングに基づいています。「東京オリンピックの新規需要によって産業が振興し、新しい仕事が生まれ、日本全体が元気になる」という人々の期待が高まり、それが家計や個人の消費につながります。更に、この消費は企業の投資を促すという経済の好循環につながることも期待できます。

パソコンで数式を駆使して経済効果を試算=研究室で
パソコンで数式を駆使して経済効果を試算=研究室で

メインコンテンツに戻る

Copyright © Josho Gakuen Educational Foundation,2015.All Rights Reserved.