オリンピックがもたらしたテレビ技術の革新
感動の共有を実現する夢のディスプレーとは

世界的なスポーツイベントの開催に合わせて、テレビ技術は進歩してきました。大阪工大電気電子システム工学科の石原將市教授は、30年以上にわたり企業で液晶ディスプレーの開発に尽力。東京オリンピック開催に向けて総務省が進める8Kテレビの開発など、次世代テレビの方向性について語ります。

PROFILE
大阪工業大学 工学部 電気電子システム工学科  石原 將市  教授

1973年名古屋工業大卒。マサチューセッツ工科大大学院高等工学研究所ASP修了。松下電器産業(現パナソニック)、シャープを経て、2010年から現職。博士(工学)。愛知県出身。

世界初の生中継となった「テレビオリンピック」

スポーツイベントの開催がテレビ技術を革新させたと言われています。

石原

人間は視覚から情報の85%を得ています。オリンピックのようなワールドイベントや月面着陸といったエポック的な出来事を、世界中で共有することは感動の同時体験を可能にし、瞬時に多くの 感動を伝えることができるディスプレーの役割は非常に大きいと言えるでしょう。最初は小さなテレビで満足していたものが、目の前で見ているようなリアルな映像がほしいという欲求へと高まり、近年は臨場感ある大型ディスプレーが求められています。

日本でカラー放送が始まったのは1960年。アメリカのNTSC(全米テレビジョン放送方式標準化委員会)方式で始まりました。最大の特長は白黒テレビ受像機でもカラー放送の内容を見られたことです。1964年には東京オリンピックが開催され、これを契機に日本の放送技術は急速に進歩しました。放送業界関係者が総力を挙げ、テレビカメラの心臓部となる撮像管から衛星中継までの一連の機器を開発。世界に初めてオリンピックを生中継しました。カラーテレビが普及するようになったのは1973年ごろです。当時のブラウン管テレビは非常に重く、32型で約60kgの重さがあり、製造技術上も45型が限界でした。もっと大型のディスプレーでテレビを見たいという消費者の要望を受け、薄型・軽量化に向けての技術開発が進み、現在の液晶ディスプレーに至っています。

映像の高解像度化も進み、オリンピックの開催年ごとに実験放送が行われてきました。画像はアナログ標準画質から、アナログハイビジョン、デジタルハイビジョンへと進化。2010年のバンクーバーオリンピックでは現地にパナソニックの3Dシアターが登場しました。

液晶ディスプレーの特長とは、どのようなものでしょうか。

石原

スポーツ映像では、何よりも速い画像の動きが求められます。従来の液晶は、速い動きだと映像がぼけてしまうことと、見る角度によって明るさや色合いが変わり、クリアな画像が見られない(視野角特性を持っている)ことが課題でした。

液晶テレビの中には白い液体(液晶)が入っています。液晶ディスプレーでは、2枚のガラス基板の間に液晶が分子レベルで並べられており、この並べ方で画像表示の美しさが決まります。液晶分子は棒状の分子で、自然な状態では規則正しく並ぶ性質を持ちます。棒状ですから、光を当てる方向によってその影の形は変わります。これが視野角特性の1つの原因であり、画素分割(各表示画素領域を複数に分割し、お互いに異なる動きをさせる平均化手法)により広視野角化を実現しています。

ただ、液晶分子がなぜ並ぶのかという理由はまだ完全には分かっていません。研究室では、この液晶分子の特性を解明するための実験やシミュレーションによる研究を展開しています。ガラス基板に挟んだ液晶を並べるために、現在、液晶パネル(画面)の内側には配向膜(極薄の高分子膜)が取り付けられており、その表面を布でこすることにより液晶分子を並びやすくしています。しかし、この方法(ラビング法)はごみが出やすく、半導体の上をこすることで静電破壊が起こりやすいため、大型パネルでは紫外線照射による配向処理(光配向法)が増えています。

更に研究室では、ラビング法や光配向法の材料・プロセス開発を行うとともに、配向メカニズムについても研究しています。また、このような配向処理を不要とする新たな液晶ディスプレの開発にも取り組んでいます。

超高精細、薄型化が進み、新たな情報端末も誕生

4Kテレビが昨年から商品化され、2020年の東京オリンピックに向けて8K放送が始まるそうですね。

石原

4Kテレビはフルハイビジョン(約207万画素)の4倍の約829万画素で、細部まで鮮明に再現できます。色域が広く微妙な色の違いも表現できるので、映像に立体感と奥行きが生まれるのです。昨年6月から試験放送を実施しており、今年3月にはCS(衛星多チャンネル)、ケーブルテレビで4K実用放送が開始されます。

総務省は2016年にフルハイビジョンの16倍のスーパーハイビジョン8Kの試験放送を始める計画を立てています。2020年までに普及させることを視野に、日本放送協会(NHK)が中心となって開発中です。超高精細画像と3次元音響で、現地にいるような臨場感を楽しむことができます。

ただ、4K、8Kでは信号量が格段に増えるので、普及させるためには通信基盤が重要です。特にオリンピックの場合、パブリックビューイング会場に人が集まってきて、その人たちが携帯電話やパソコンでアクセスするという通信トラフィック(渋滞)が予想されます。それが原因で通信が不安定になってしまわないよう、高速大容量通信網(ブロードバンドネットワーク)の整備が不可欠です。さまざまな課題を解決していくことで、真の8Kディスプレーが実現されるのです。

今後開発されるディスプレーの未来について教えてください。

石原

薄型化・軽量化が進み、壁や窓に貼ったり、家具に貼って使うなど用途の拡大が考えられます。研究室ではフィルムディスプレーにより、これらのデバイスの実現に取り組んでいます。大画面化の流れの中では、より臨場感を高めるため、ディスプレーを屈曲させる動きがあります。この場合、パネル内の液晶分子には常にひずみ応力がかかっており、最初はきれいに並んでいた液晶でも、電圧をかけた時の動きが変わってしまいます。そのため、ディスプレーを曲げてもきれいな画像を映せるようにするには、液晶をどのように並べたらいいか、逆に液晶に応力がかからないようにするには、どのような曲げ方が良いかといった研究が進んでいます。

また、情報端末も新しいものが登場しています。昨年10月の大阪マラソンでは、ランナーが眼鏡型の「ウェアラブル端末」を装着して走るという試みが行われました。腕に取り付けたスマートフォンと無線通信で結び、端末の眼鏡にタイムや走行距離などを表示するものです。2020年の東京オリンピックでもウェアラブル端末の使用が予想されています。観客は会場で競技を観戦しながら、端末の眼鏡で選手の成績をチェックしたり、眼鏡の端で他の会場の競技を見るといった具合です。更にバイオセンサーと一体化した、体に貼るディスプレーの研究も行われています。

こうした放送技術や情報端末の発達により、コンテンツもより多彩になっていくでしょう。国民の生活に新たな楽しみを与える夢のディスプレーの実現も、そう遠くない未来まで近付いています。そんな未来型ディスプレーを学生たちと一緒に思い描きながら、日々研究に尽力しています。

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