国の代表を応援する気持ちが社会の連帯を深める
「新しい公共」としてのスポーツ政策とは

スポーツ法学を専門とする摂南大法律学科の石井准教授は、日本とフランスのスポーツ法の比較を通じて、スポーツ政策の在り方を模索。スポーツが与える社会的影響を「新しい公共」という視点からとらえ、地域社会の連帯を図る手段としてスポーツ政策を活用することを提案しています。

PROFILE
摂南大学 法学部 法律学科  石井 信輝  准教授

2001年早稲田大大学院人間科学研究科博士後期課程修了。2007年から摂南大へ。山口県・大津高校時代に全国高校ラグビーフットボール大会出場。元ラグビー日本代表チームスタッフ。博士(人間科学)。山口県出身。

公共政策の一環としてスポーツ政策を活用

スポーツやスポーツイベントが社会に与える影響とはどのようなものでしょうか。

石井

文部科学省が定める「スポーツ基本計画」では、スポーツが社会に与えるさまざまな影響に基づき、日本のスポーツ行政が目指すべき方向がうたわれています。まずスポーツイベントが起こると、まちおこし的な意味で活気が生まれ、社会の連帯感が深まります。

東京五輪の開催が決まり、日本でもチームジャパンを応援しようという雰囲気が生まれていますよね。また日本は島国ですから、国際交流を盛んにする手段としてもスポーツイベントが欠かせず、それが国益にも結び付きます。経済効果については、スポーツをやることでスポーツ産業が活性化するだけでなく、健康の維持・増進によって医療費の削減につながる点も大きい。私が特に重視しているのは、地域社会の連帯への貢献という側面と健康の維持・増進効果です。「新しい公共」という視点から、公共政策の一環としてスポーツ政策を位置付け、制度化にあたってどのように法整備を進めていけばよいのかを模索しています。

スポーツ庁創設の動きも加速しています。
フランスのスポーツ行政との比較研究に取り組まれているそうですね。

ラグビー日本代表の南米遠征に通訳としてチームに帯同(右端が石井准教授。05年、アルゼンチンにて)

石井

スポーツ庁は、文部科学省や厚生労働省、総務省など各省にまたがる「スポーツ関連の行政機構」を1つにまとめるための国家行政機関です。どのような組織形態にするのか、将来を見据えた議論が繰り広げられていて、設置された暁には広い役割を担うことが期待されています。現在オリンピックは文部科学省、パラリンピックは厚生労働省の管轄ですが、この統合の是非も検討課題になりそうです。

フランスとの比較研究を始めたのは、大学4年に恩師である日比野弘早稲田大名誉教授(元ラグビー日本代表監督)に、フランスラグビーを研究してみてはと勧められたことがきっかけです。ラグビーの指導体系について知ろうとフランスの法律や政策を調べるようになり、研究が広がっていきました。2006年に制定されたスポーツ法典があるのですが、そこではスポーツが教育・文化・国民の統合および社会生活の重要な要素であり、社会的・文化的格差の縮小、健康保持に貢献することが定義されています。フランスは日本より移民が多いこともあり、生活レベルや教育水準の格差が大きい。失業や貧困などの問題を解決し、社会を統合するツールとしてスポーツが位置付けられているのですね。

行政形態については、スポーツ省がスポーツ行政を、国民教育省が学校教育の体育を担当。ラグビーも強く、スポーツ省の管轄するポール・エスポワール(ラグビーの場合には1学年に10人程度、現在フランス全土に10ヵ所)というエリート養成システムが高校に組み入れられ、多くの場合には体育の教師(国民教育省)が出向し指導にあたっています。日本ではサッカー協会が類似のシステムを導入していますが、一般的ではありません。日本とフランスの教育に対する考え方の違いもありますから一概には言えませんが、有能な指導者を確保するためには指導者の身分保障も不可欠ですので、競技力の向上という視点からは、フランスの方法も見習う必要はありそうです。また、フランスラグビー協会には、ラグビーの普及・技術指導にあたる専従の指導者が50人以上おり、各地域に配置されています。

多くの場合、競技生活を引退した元選手が本職についていますので、このようなシステムがあれば、国を背負って戦った選手たちも引退後に指導者の道に進みやすくなるでしょう。

私の研究のオリジナルな点は、スポーツを強くするため、盛んにするためには、スポーツ法がどうあるべきかという視点で分析していること。まず、法ありきではないのです。東京五輪に向けて選手の強化が進むでしょうが、強化に本腰を入れるためにも、小さな組織からも人材を出しやすくなるようなシステムの構築が求められるでしょう。

日本らしさ、スポーツ活動における自発性など原点を忘れずに

具体的にどのような点を整備していけばいいのでしょうか。

石井

例えば税制面の優遇です。企業でグラウンドを所有しているところは固定資産税がかかるので、社会貢献とのセットで税を軽減するといったシステムを取り入れたらいいと思います。児童対象のクラスを開催したり、市民にグラウンドを開放したら税率を下げるなど。

スポーツ事故に対する補償システムの導入も無視できない課題です。スポーツはその性格上、けがや障害のリスクをゼロにすることができません。しかし、日本ではスポーツ事故の損害を補填する制度は、まだ十分ではありません。1996年に高槻市のサッカー大会で高校生が落雷に遭い、重い障害を負った事故の訴訟で、大会主催者である高槻市体育協会と高校に約3億円の賠償命令が下り、賠償金を払えないために同体育協会が破産手続きに入るという事例がありました。双方にとって不幸な出来事であり、事故発生に伴う損害の負担を過度に運営従事者・団体に求めることは、スポーツ活動を萎縮させる可能性をはらんでいます。

一方フランスでは、事故の原因が参加者の競技規則違反にあることが明白な場合は、所属団体の法的な責任が認められます。

1962年に被害者と指導者の救済を目的とするスポーツ保険制度が制度化されました。スポーツ参加の私的自治原則を考えれば参加者による保険料負担も必要で、フランスはその加入を法的に義務づけたわけです。日本にも日本体育協会が行うスポーツ安全保険や、学校教育活動中のスポーツ事故には日本スポーツ振興センターの災害救済給付制度などがあります。これらをベースに新たな補償システムの構築を提案したい。コストがネックですが、公営スポーツくじ「TOTO」の収益を充てるのも一案ではないでしょうか。TOTOは地域の運動施設やスポーツに関する競技水準の向上などスポーツ振興を実施するための財源確保手段として導入されたもの。安心してスポーツを楽しめる環境づくりへの使用は理にかないます。

ただ、繰り返しますが、スポーツはあくまでも自主的な活動です。法が介入し過ぎることなく自発性と公共性のバランスを取りながら、スポーツに興味を持つ人を支えたり、競技力を上げていくための法律をつくることが望ましいのです。またフランスの例を出しましたが、日本には日本の文化や国民性があり、他国のシステムをそのまま導入してもうまくいくとは限りません。日本のよさは守り、日本のやり方で強くなることを目指さなくてはなりません。最大限に機能するような形でスポーツ政策を制度化し、そのために予算を使うという発想が必要だと考えます。

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