File No.22

大窪 伸太郎講師

広島国際大学 総合リハビリテーション学部 リハビリテーション支援学科

トップアスリートの足のトラブルの原因は大部分が
シューズとの相性の問題

FLOW No.78

大窪 伸太郎
Profile
おおくぼ・しんたろう 2000年神戸医療福祉専門学校三田校義肢装具士科卒。同年倉敷義肢製作所勤務を経て、2002年アシックス・スポーツ工学研究所。2013年武庫川女子大学大学院健康・スポーツ科学研究科修士課程修了。2014年よりトップアスリートの特注シューズの製作に従事。2017年から現職。義肢装具士。健康科学修士。兵庫県出身。

昨年のテレビドラマ「陸王」(原作・池井戸潤)のヒットでアスリートのシューズに注目が集まり、正月の箱根駅伝でも従来の薄底シューズの常識を覆した厚底シューズを採用した東洋大チームの活躍が話題を呼びました。2020年の東京オリンピックなどビッグイベントは多くのシューズメーカーが新製品を競う舞台にもなります。広島国際大リハビリテーション支援学科の大窪伸太郎講師は義肢装具士でありながら、大手スポーツ用品メーカーのアシックスでさまざまな競技のトップアスリートのシューズやインソールなどの製作にも長くかかわりました。アスリートにとってのシューズの役割やトップアスリートの足にまつわるトラブルなどについて、大窪講師に聞きました。

義肢装具士の先生がシューズやインソール製作にもかかわられるようになった経緯を聞かせてください。

大窪:小学生のころからサッカーをしていましたが、ケガで悩んだ経験やケガに悩む他の選手を見て、将来はそんなスポーツ選手を支える仕事に就きたいと考えるようになりました。ものづくりを通してスポーツ選手を支える職業として義肢装具士の存在を知り、高校卒業後に専門学校に入学。そこでシューズ製作の基本も学びました。卒業後は義肢装具の製作所勤務を経て、原点であるスポーツ選手の役に立つ仕事に就きたいとアシックスのスポーツ工学研究所(神戸市)でシューズやインソールに関する研究に従事するようになったのです。シューズ、インソールは個々のカスタマイズが比較的容易なうえ、足を通して身体にさまざまな影響を及ぼすことが可能であることから夢中に取り組むようになりました。

職人から研究者の世界へ

どんな研究所ですか。

大窪:機械工学、生体力学、材料工学などさまざまな分野の研究者が30人以上いてシューズをはじめスポーツ用品の基礎研究に従事していました。私は「スポーツとケガ」をテーマに研究していましたが、義肢装具士という勘や感覚に頼ることの多い職人の世界からデータに基づき仮説を実証するという研究者の世界に飛び込んで多くのことを学びました。そこでの12年間が今の私を支えています。研究と並行してシューズやインソール、コルセット、ねんざサポーターなどの製作もしていました。自分で作るだけでなく、研究に基づいて工場に靴底の材料変更やミシンの入れ方など細かな指示も出していました。

どんなアスリートのシューズにかかわられたのですか。

大窪:研究所を経て主に契約選手などの特注シューズを製作する部署に移りました。特にそこでの2年間で、多くのトップアスリートに直接かかわりました。契約の関係で名前は明かせませんが、サッカーの日本代表にもなったJリーガーやラグビーの日本代表選手、今はメジャーリーガーのプロ野球選手、変わったところではフィギュアスケートの選手のインソール製作にも携わりました。シューズを履くほとんどの競技にかかわりました。仕事は選手に会って要望を聞くだけでなく、選手側の医療スタッフと話し合ったり、こちらからその選手が抱える足のトラブルに対処する提案もします。例えば「黒爪」という爪の下に血豆ができる爪下血腫(そうかけっしゅ)の選手がシューズが小さ過ぎるからと思い大きくしようとするのですが、実は足が細くてシューズの中で動くことが原因であったこともありました。そんな時は逆にシューズを小さくすることを提案します。

潜在能力を100%引き出す環境づくりがシューズの大きな役割

シューズやインソールの違いで、アスリートのパフォーマンスにどんな違いが出るのですか。

大窪:シューズやインソールによってタイムが著しく短縮するなど、顕著なパフォーマンスアップはあまりないと思っています。どちらかというと、選手個々が持っている潜在能力をフィジカル的にもメンタル的にも100%引き出せる環境を整えてあげることがシューズやインソールに求められると思います。 シューズや足に問題があるのではなく、シューズと足の相性が悪いことが多くのトラブルの原因です。車に例えるなら、買い物に行くのにスーパーカーは必要ありません。通勤に適したのは燃費のいい車、というように組み合わせが大切です。選手とシューズの相性を良くするとトラブルを減らせるのです。足などにトラブルを抱えていないトップアスリートはほとんどいません。彼らは華やかなイメージに注目が集まっていますが、運悪く大きなケガをすれば若くても引退というシビアな世界で闘っています。そんな選手のお手伝いができたことを誇りに思います。

インソールの数ミリの調整で体全体のストレスを軽減

ケガの予防の面でもシューズやインソールは重要ですね。

大窪:ケガをしにくいというだけで選手の安心材料になり、パフォーマンスに集中できます。シューズやインソールによるミリ単位の足底の調整で体全体の筋や骨の配置(アライメント)を正しく整え、力の伝達角度などが変わって体へのストレスを減らすこともあります。ケガをしにくい体づくりにつながるのです。土踏まずが高く指やかかとに負担が掛かり過ぎている選手なら、土踏まずの部分のインソールを厚くすることでストレスを分散させることができます。

大窪講師が製作したシューズやインソール

義肢装具士のエンジニア的役割に大きな可能性

そうしたシューズやインソール製作で義肢装具士であることがどう生かされているのですか。

大窪:義肢装具士は障害者らの義肢装具を製作・調整することが多いですが、広い意味ではモノとそのユーザーの橋渡し役、ユーザーインターフェースの設計者です。私がアシックスで求められたのも、常に人とパーソナルにかかわり、人間の体についてよく理解している義肢装具士が個々のアスリートに接触する仕事に適していると考えられたからです。

スポーツシューズにかかわっている義肢装具士はまだ数少ないです。ただ、足の疾患を抱えた人のためのシューズを作る義肢装具士はこれまでもかなりいます。3Dプリンターの登場などで、これまで手作りが多かった作業も間違いなく機械化が進んでいきます。シューズに限らず、人とモノをつなぎ、生活を良くするエンジニア的な役割も義肢装具士の今後の可能性を広げるはずです。そうした分野を担える学生を育てていきたいです。

一般のアスリートにシューズ選びのアドバイスはありますか。

大窪:シューズに求める機能は人によってさまざまです。シューズ選びで悩みがあるようであれば、最近はコンサルティング販売を行っている小売り専門店も増えてきていますので相談することをお勧めします。あと、私も十数年にわたって専門に研究しており、東広島へお越しいただけるならアドバイスいたします。

自作のシューズを手に

東京五輪 x 「Team常翔」