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世界に先駆け ニオイを可視化「クンクンボディ」誕生

大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部システムデザイン工学科   大松 繁   客員教授

大松 繁 客員教授:大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部システムデザイン工学科

PROFILE
1969年愛媛大学工学部電気工学科卒。1971年大阪府立大学工学研究科修士課程修了。1974年同博士課程修了。徳島大学工学部情報工学科助手、講師、助教授を経て、1988年同知能情報工学科教授。1995年大阪府立大学工学部情報工学科教授。2000年同大学院工学研究科電気・情報系専攻情報工学分野教授。2005年同大学院知能情報工学分野教授。2010年同大学名誉教授。同年大阪工業大学客員教授を経て工学部電子情報通信工学科特任教授。2017年から現職。これまで新技術開発財団市村学術賞・功績賞(1995年)、船井情報科学振興財団 船井情報科学振興賞(2001年)、「ニューラルネットワークによる認識と制御の知的高度化の研究」で文部科学大臣表彰科学技術賞(2011年)、「香りセンサと香り計測装置および電子調香師の開発」で電気学会電気学術振興賞・進歩賞(同年)など受賞。工学博士。愛媛県出身。

オープンイノベーションが生んだ成果

クンクンボディ(右がセンサー、測定結果を左のスマートフォンに表示) クンクンボディ(右がセンサー、測定結果を左のスマートフォンに表示)

人の体臭は誰もが気にしながら自分ではなかなか分からず、他人も指摘してくれないという厄介な問題です。大阪工大ロボティクス&デザイン工学部システムデザイン工学科の大松繁客員教授がコニカミノルタと共同開発した体臭チェッカー「クンクンボディ(Kunkun body)」は、世界で初めてニオイの可視化を実現し、多くの人の悩みを解消するツールになりそうです。7月に記者発表すると大きな反響を呼び、国内だけでなく世界各国のメディアも取り上げ、インターネットを使った事前予約には申し込みが殺到しました。もともと制御工学が専門で専ら数式を相手にしていた“理論畑”の大松教授は、人工知能(AI)の研究から画像や音、ニオイなどを識別する実践的な研究にも手を広げていきました。クンクンボディの仕組みやニオイ研究を始めた経緯を大松教授に聞きました。

タイ人留学生の相談からニオイの識別研究へ

もともと私の専門分野は制御工学で、さまざまな現象を数式を使ってモデル化し制御する研究に取り組んでいました。例えば電車や自動車などの動きを数理モデル化し制御する研究です。そこからコンピューターのAIの研究もするようになり、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークの技術を使って画像や音、ニオイなどを識別する研究にも進んでいきました。瀬戸内海の赤潮発生を予測するために海水面のリモートセンシング、ボケ画像の修復、紙幣の識別の高度自動化などにも取り組みました。

この中でニオイの識別を始めたきっかけは、大阪府立大時代の2000年に大学院の博士課程にやって来たあるタイ人留学生の相談でした。「バンコクの街の悪臭がひどく、ニオイを測定・識別する機器を開発したい」というものでした。彼に3年間、ニューラルネットワークを使ったニオイを識別する方法を指導したのが、その後のニオイ研究につながっていきました。私はちょうど1995年から2005年まで米国電気電子学会(IEEE)のニューラルネットワーク部門誌の副編集長を務めていたので、どんどん進むニューラルネットワーク研究の世界の流れは把握できており、最新のAI技術を応用できたのです。

2001年には第1回船井情報科学振興賞を受け、船井情報科学振興財団からニオイ計測装置の寄付を受けることができニオイ研究が本格化します。2004年のノーベル生理学・医学賞が「におい分子を感知する嗅覚受容体の遺伝子の発見」だったことも刺激になりました。まずビールの種別やメーカーの違いを表示する研究から始まり、ワインやコーヒーの香りの識別・測定、更に簡易口臭識別器の開発まで進んでいきました。この間、ニオイ研究が評価されて2011年には、文部科学大臣表彰科学技術賞と電気学会の電気学術振興賞・進歩賞を受賞することができました。

コニカミノルタとの出会い

コニカミノルタとの出会いは2015年夏のイノベーション・ジャパン(大学見本市)でした。人の体臭を数値化する機器の開発を目指していたコニカミノルタが、私たちが出展した口臭識別器に着目し、共同研究を申し入れてくれたのです。

人間の大脳中枢の五感情報の中では、視覚情報の比重が9割を占めるとされ、それに比例して研究も視覚(画像処理)に関するものが圧倒的で嗅覚やニオイの研究は多くはありません。しかし、嗅覚情報をうまく処理できれば情報全体の質の向上が図られます。食べ物の焦げたニオイを嗅ぎ分けて調理機のスイッチを切るような「ニオイ・スイッチ」の開発も可能ですし、ニオイ識別で火災報知器の精度を向上させられます。ニオイはまだまだ研究の余地がある分野なのです。

2001年に資生堂が高齢者の体臭の原因の一つ「2-ノネナール」を突き止めたことで「加齢臭」として話題になり始めました。私たちとコニカミノルタはこの加齢臭に汗臭、ミドル脂臭を加えた3大体臭を測定し数値化する簡易な体臭チェッカー「クンクンボディ」の商品化を目指したのです。世界に先駆けた「ニオイの可視化」への挑戦でした。

人知れぬ悩みを解決するツール

同じニオイを嗅ぎ続けると人はそのニオイを感じなくなってしまいます。「ニオイのマスキング現象」と言いますが、自分のニオイの自覚が難しい原因です。ニオイは他人が指摘してくれることはまれで、自分が臭っているのではないかと人知れず悩んでいる人も多いはずです。クンクンボディは、ニオイを数値化し画像表示することでその悩みを解決するツールになります。

3大体臭のうち若い人に特徴的な汗臭はアンモニアやイソ吉草酸、中年のミドル脂臭はジアセチル、加齢臭は2-ノネナールが主要な成分です。汗臭は酸っぱいニオイで、ミドル脂臭は使い古した油のようなニオイ、加齢臭は枯草のようなニオイです。

クンクンボディは手のひらサイズで重さが約100g のセンサーとスマートフォン用アプリケーションで構成します。頭、脇、耳の後ろ、足の4カ所の体臭を測定し、そのデータがブルートゥース(近距離無線通信の一種)で送られて、20秒ほどでスマートフォンのアプリケーション上に表示されます。測定結果は3つのニオイの強さが10段階で表示され、3つのニオイを総合したニオイレベルも100段階で表示されます。その結果でニオイ対策が必要かどうかも示してくれます。センサーに直接データを表示させないのは、ニオイが個人情報そのもので慎重に扱わないといけないからです。簡単に他人のニオイを測定するようなことができないようにしているのです。また一般販売の予定価格も約3万円と少し高価で、それが子供が遊び半分で手に入れて使うことへの歯止めにもなります。あくまで大人にエチケット対策として使ってもらうことを想定した製品です。

大松教授の著書はイギリス(オックスフォード大学)、ドイツ(スプリンガー)、ロシア(ナウカ)など海外でも出版されている
大松教授の著書はイギリス(オックスフォード大学)、ドイツ(スプリンガー)、ロシア(ナウカ)など海外でも出版されている

センサー内には4つの半導体ガスセンサーが内蔵され、ニューラルネットワークを使ったAI技術で3つの体臭の特徴をとらえます。開発段階で人間の体臭の膨大なデータを収集し、学習させることで体臭測定のプラットフォームを構築しました。

7月に東京と大阪で記者発表すると反響は大きく、国内外の多くのメディアに取り上げられました。まだ一般販売はこれからですが、インターネットでこのプロジェクトへの資金援助を募るクラウドファンディングを通じて行った事前予約では3カ月で1842件の申し込みがあり、4800万円以上の資金が集まりました。クンクンボディというコニカミノルタの抜群のネーミングも寄与しています。企業と大学がそれぞれの持つ技術やアイデアを組み合わせるオープンイノベーションが成功した例だと言えます。企画から製品化までが約2年で、通常の製品開発の半分の短期間で実現しました。大学だけではとても無理な開発で、大企業の人材や資金力の凄さを実感した2年でもありました。

口臭やタバコ臭の見える化も視野に

世の中には問題となるニオイがまだまだたくさんあります。口臭は多くの人が気にするニオイですが、口臭には多くの水蒸気が含まれ測定精度の障害になります。私は呼気から水蒸気だけをはじくセンサーの特許も取っていますが、製品化までにはしばらく時間が掛かりそうです。またタバコのニオイの研究も進めたいと思っています。私は愛媛県の農家で育ちました。子供のころには、栽培した葉タバコの夏の乾燥作業がきつかったのですが、この作業で手についたタバコのヤニのニオイがなかなか落ちなかったのをよく覚えています。それだけにタバコを吸わない人の気持ちがよく分かります。将来、がんなどの特定の病気に特有のニオイを嗅ぎ分けられるようになれば医療分野でも使えます。クンクンボディは今後も、第2弾、第3弾と進化する可能性が大きな製品なのです。

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