暮らしと命を守る建築構造

自然災害に学び、新たな設計法を追究

大阪工業大学 工学部建築学科   西村 泰志   教授

西村 泰志 教授:大阪工業大学 工学部建築学科

PROFILE
1976年大阪工業大学大学院工学研究科修士課程修了。助手、講師、助教授を経て、1999年より現職。2013年4月から工学部長兼工学研究科長。博士(工学)。愛媛県出身。

学園の被害調査団がまとめた阪神・淡路大震災の調査報告書

学園の被害調査団がまとめた阪神・淡路大震災の調査報告書

甚大な被害をもたらし、人々の生活を一変させた阪神・淡路大震災の発生から今年で20年。建築物の安全性にかかわる研究はどう進歩しているのでしょうか。震災直後に学園の被害調査団として現地入りし、主に鉄骨鉄筋コンクリート造建築物の被害の特徴・原因について調査を行った大阪工大工学部長で建築学科の西村泰志教授。自然災害に対する安全性追究のため、建築構造の仕組みに関する研究に従事し、現在は、ハイブリッド構造建築物の強度の要となる「接合部における力の流れ」の理論化に尽力しています。

自然災害による建築物の被害を検証しより安全な構造設計法で、人々の暮らしと命を守る

充腹形SRC造の柱の破壊状況(阪神・淡路大震災の調査報告書より。西村教授撮影)

充腹形SRC造の柱の破壊状況(阪神・淡路大震
災の調査報告書より。西村教授撮影)

建築に必要な要素は「用・強・美」だと言われます。建築物には美しいデザインや機能性、快適性に加え、強度が重要。その「強」を担うのが建築構造です。地震や台風などの自然災害に対する建築物の安全性を追究し、人の「命」や「財産」を守る大切な分野です。

日本は地震大国なので、国内の建築物は耐震構造になっています。それでも1995年の阪神・淡路大震災では、6000人を超える尊い命が失われました。柱や梁など、建築物の「強」を担うほとんどの部分は普段隠れていますが、くしくも実際に自然災害が発生することにより、その全容が見えてくるのです。

さかのぼると1968年に十勝沖地震が発生した際、鉄筋コンクリート(RC)造建築物に大きな被害が多数生じました。これはRC造の主筋を取り囲む帯筋が不十分だったことが原因と考えられました。また、1978年の宮城県沖地震の際は、鉄骨(S)のブレース(筋交い)の端部が切れる現象などが多く起こり、家屋倒壊被害が甚大であったことから、その後の建築基準法の改正につながりました。このように、設計基準・工法は常に災害を教訓として進歩しているのです。

20年前の1月17日早朝。阪神・淡路大震災が発生し、神戸の街並みは一変しました。その数日後、私は建築物の被害状況調査のため、被災地へ赴きました。陸路からの道が寸断されていたことから大阪港から船で現地入り。到着したのは夕方で薄暗く、その荒涼とした光景は今でも忘れられません。さらに、同月24日~26日には日本建築学会の現地調査に加わり、神戸市内を中心に徒歩による全棟調査を行いました。そして、同月28日、29日には再び学園の被害調査団として、三宮を中心とした地域と西宮市一帯の被害調査にあたりました。当時私の専門は、鉄筋コンクリートの芯部に鉄骨を内蔵した鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造の研究でした。1978年の宮城県沖地震の当時、仙台市内には約300棟のSRC造建物があり、それらが受けた被害は非構造壁(建物が受ける力を構造上負担しない壁)にひび割れができる程度。そのため、関東大震災を教訓として日本で独自に発達したSRC造は強くて丈夫な構造だと再認識されました。それなのに、阪神・淡路大震災では甚大な被害を受けました。月並みな言葉ですが、想定外の揺れだったのです。

接合部に作用する力の流れを理論化し、新たな設計法の確立を目指す

図 骨組構造物における接合部の種類

図 骨組構造物における接合部の種類

近年、SRC造建築はコストが高い上、煩雑であることもあり、RC造が発展して大半を占めるようになりました。さらに最近は、柱にコストの低い鉄筋コンクリートを、梁に強度のある鉄骨を用いるというように、2つ以上の材料を合わせ、互いの長所を生かして耐震性を高めるハイブリッド構造や合成構造が用いられるケースが増えてきました。また、カーボン繊維など新たな建築材料を活用する研究も進んでいます。

そのような時流の中で、現在私が行っているのは「柱RC梁S接合部」、つまり柱に鉄筋コンクリート、梁に鉄骨を用いた際の「繋ぎ目」となる接合部についての研究です。柱や梁などの設計法はそれぞれ既に確立していますが、その接合部に関してはいまだ確立されていません。阪神・淡路大震災では柱脚の接合部のアンカーボルトが破断し、横に滑るように倒壊した建築物を多く目にしました。建築物の強度は、接合部の場所やディテールによって大きく変わります(図参照)。鉄骨から鉄筋コンクリートへどのように力が流れるのか。それを理論で解明し、設計式として表わすことができれば、より耐震性の高い建築物を作ることができる上、すべての構造システムに応用が利きます。また、何百万円もの費用がかかる破壊実験の回数を減らすことができ、コスト削減にもつながるのです。

日本の優れた技術を用いれば、それまでよりも強度のある建築物を作ることは可能だと思いますが、莫大なコストがかかる上、今後どの程度の規模の地震が起こるのかは分かりません。だからこそ、南海トラフ地震や首都直下型地震への防災・減災対策に貢献できるよう、普段表には出てこない接合部の新たな設計法を追究することが急務なのです。

計算では表せない、先人の知恵から多くを学ぶ

最近は文化財の補修・補強に関する研究も手掛けています。これまでに、兵庫県の姫路城の土壁や建具、群馬県の富岡製糸場の木骨レンガ壁、山口県下関の旧英国領事館のレンガ壁など世界遺産や国宝級の建造物で、実大試験体を用いた破壊実験を行いました。コンクリートや鉄とはまた一味違って、とても興味深い世界です。例えば姫路城の建具。構造解析モデルを作って検証すると地震によって倒壊する結果になってしまうのですが、実際には壊れません。建具の両側に立つ縦框(たてがまち・木製建具の両側に取り付ける太い部材)が75㎜もあり、それが耐震の役割を担っているのではないかと考えられますが、データ上ではうまく算出できないのです。五重塔のような仏塔も、木造の高層建築でありながら、自然災害には比較的強い。現代の超高層ビルの建築には、五重塔に倣って心柱(しんばしら)を入れる事例もあるように、歴史的建造物から学ぶことは非常に多いですね。

一つのことにまい進すると見えてくる新たな道

建築構造を学ぶ学生たちには、「一つのことについて本気で勉強してみなさい」と言っています。20代のころの私は毎日実験ばかり。その試験体数は年間で100体にも及び、実験場はまさに不夜城でした。さまざまな仮説を立てて実験を始めるのですが、終わると必ず教授が事前に説明してくれた理論通りの結果になる。ある時「自分もいつか必ず、実験よりも先に理論で説明できるようになってみせる」と決意し、とある課題について3カ月かけて考え抜きました。その時に初めて「とことん考える事は面白い」と感じたんです。面白みが分かってくると、そこからまた新しい興味が派生してくる。現在に至るまでの研究はその連続です。この「柱RC梁S接合部」の研究もまた終われば次に手掛けたい新たな分野が出てくるでしょう。

建築構造は私たちの社会生活全般に関わる分野で、住宅などの小規模な建物から超高層建築に至るまで、あらゆる建築物を支え、そこに住まう人々、集う人々に安全性、快適性、利便性をもたらすものです。多くの卒業生たちが、ハウスメーカーや総合建設・設備工事業、建築設計事務所などの第一線で活躍しています。学生たちには、将来、自分が人々の暮らしや命を守る使命を担っていくのだということにも、しっかりと目を向けて欲しいと思います。

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