消費税率上昇の背景にあるものとは

摂南大学 経済学部 経済学科   名方 佳寿子   講師

名方 佳寿子 講師:摂南大学 経済学部 経済学科

PROFILE
2004年慶應義塾大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。2011年カナダ・クィーンズ大経済学研究科博士課程修了。同年から現職。Ph.D(経済学)。大阪府出身。

国の制度と財政事情を知り、暮らしのために何が必要か、共に考えよう

4月1日から消費税の税率が8%に上昇しました。さらに2015年10月から10%に上がることが予定されています。なぜ消費税を上げる必要があったのか、経済はどのように変わり、私たちの暮らしはどうなっていくのかについて、摂南大経済学科の名方佳寿子講師に聞きました。

1000兆円の財政赤字改善が消費税率アップの狙い

消費税率が5%から8%に上がり、今後の生活に不安を感じている方も少なくないようです。そこで、なぜ消費税率を上げなくてはならなかったのか、その背景を説明したいと思います。

第一の理由は報道でも伝えられているように、日本が先進国の中でも一番多くの財政赤字を抱えている国だからです。2013年の国の税収は47兆円、歳出は92.6兆円で、足りない部分の45.6兆円は国債で賄われました。長期債務残高は、国の777兆円と地方自治体の201兆円を合わせると約1000兆円になり、GDP(国内総生産)が525兆円であることから、対GDP比率は約200%と先進国の中でも突出した値になっています。そうなってしまった背景には、90年代前半のバブル崩壊と、山一証券倒産に代表される90年代後半の金融危機があります。経済が停滞し不況が深刻化する中、国は公共事業の拡大で雇用創出や減税による消費の拡大などを図りました。しかし、度重なる経済政策にもかかわらず景気は好転せず、公共事業にかかった費用と減税を賄うための借金だけが拡大し、国債は累積する一方だったわけです。

現在の国の財政状態を家計で例えますと、毎月40万円の月収を得ながら79万円を支出し、不足分39万円を借金し続け、7631万円のローンを抱えている計算になります(図-1参照)。普通の家計では、とても借金が返せる状態ではないことが分かっていただけると思います。このような状態から、かつてのロシア、トルコやアルゼンチンなどのように、日本は財政破綻するのではないか、という危機感を持たれています。財政破綻が現実になれば、国債を保有している日本銀行をはじめとした金融機関の倒産を招き、それらの金融機関から融資を受けている企業の連鎖倒産、大量の失業という事態が予想されます。ですから、国は税収を上げて累積した財政赤字を減らしていくしかない、というわけです。

次に、社会保障費支出の拡大も税率を引き上げる要因の1つです。少子高齢化が進み、65歳以上の人口の割合は2010年で23%、その20年後には30%を超えるといわれており、高齢者の割合は拡大する一方です。そうなると、高齢者に支給される年金、医療費、介護費用といった社会保障費の金額も年々増えていきます。社会保障費の一部は国が負担していますから、さらなる財源の捻出が求められています。

法人税率を引き下げる必要性も、もう1つの要因です。日本の法人税は、国税と地方税(法人事業税と法人住民税)を合わせた実効税率は35.64%と、先進国の中ではアメリカの次に高い税率です。ヨーロッパのほとんどの国では20%です。法人税率引き下げには、日本の企業を守り経済活動の活性化を図ることと、海外の優良企業が日本に進出しやすくなるという2つの狙いがあります。ソニーやパナソニックなど、かつて日本の大企業は高いブランド力で世界を席巻しました。しかし、それらの企業が国際市場において競争力を低下させる一方、サムソンに代表されるような韓国や中国の大企業が台頭してきています。日本の大企業が市場競争で負けると、下請け企業はますます苦しくなるため、経済活動を維持・発展させていくためにも法人税の減税は必要です。また、日本は海外企業にとって言語や法的規制のために進出しにくい市場となっています。海外の優良企業を誘致し経済の活性化を図るためには、経済政策によって日本を魅力的な市場にしていかなくてはなりません。

図-1
図-1

消費税は国民みんなで負担する安定的な税収

税収アップに向けて、なぜ他の税目ではなく消費税なのか、という疑問もあるかと思います。その理由の1つに、日本の消費税が海外の消費税(付加価値税)と比較して依然として低いことが挙げられます(図-2参照)。欧州では15%以上が一般的で、スウェーデンやノルウェーなどの福祉国家では25%以上の税率を用いています。韓国や中国などアジアの多くの国は10%台ですから日本の消費税率は相対的に低いといえます。

また、消費税は国民みんなで負担する安定的な税収であるというメリットがあります。誰でも同じ金額の消費を行ったら税金も同じ金額を払うという意味では平等です。消費税ならば老若男女を問わず課税できるので、社会全体で税負担を分かち合うことができます。また、所得税や法人税は景気の影響で税収が大きく変動するのに対して、景気の変動の影響が少なく安定した税収を確保できるのも消費税の優れている点です。

図-2
図-2

暮らしのために何が必要かを考えられる国民に

消費税増税というと、消費者の負担のみが増大すると感じられるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。消費税率が8%になっても販売量を維持しようと、価格の維持や値下げをした企業もたくさんあります。それではその場合、誰が増加した分の税金を負担していることになるのでしょうか。企業は価格を維持するために、下請け企業へ仕入れ価格の引き下げを求めたり、雇用調整や賃金カットを行っていると考えられます。つまり、下請けの中小企業や労働者が、消費税の増税分を一部負担していることになるのです。このように、消費税は社会全体の経済活動に大きな影響を与えるのです。

また、日本の消費税制度は、製造、卸、小売り等の各段階の事業者が納付する多段階型課税システムを採用しています。しかし、課税売上高が1000万円以下の事業所は免税が認められたり、課税売上高が5000万円以下の企業は消費税額計算のコストを抑えるために簡易な算出方法が認められています。その結果、消費者が納めた消費税の一部が事業者に残ってしまう益税の問題が生じています。

さらに、消費税の増税は低所得の人たちにとって大きな負担となります。年金生活者や生活保護受給者たちの生活をどうするかが問題になります。そこで消費税率を10%に上げる際は、食料品などの生活必需品に対する税率を抑える軽減税率を導入しようという声もあります。しかし、平等性を保てるような対象品目の線引きが難しいため、今後も議論は続くでしょう。

消費税負担の増大は誰もが望まないことであり、前述のような課題もあります。しかし、税収を上げなかった場合どうなるか考えてみてください。私たちは現在、国から医療費、年金、失業保険などさまざまなサービスを受けて暮らしています。財政赤字をこれ以上拡大させないようにするためには、税収を上げないならば国は歳出をカットするしかありません。つまり医療費、介護費用の負担が増大し、年金ももらえなくなるかもしれません。実際にアメリカのように、国民の税負担は少ないけれど、医療保険などは最低限しか整備されていない国もあります(図-3参照)。その結果、自己負担できない人は医療を受けられないのが現状です。日本も同じような制度にするのか、あるいは現在と同じサービスを期待するのであれば、ある程度の増税は覚悟しなくてはなりません。自分たちがどれだけの税負担を受け入れ、国にどのようなサービスを求めるのか、国民一人ひとりが日本の財政状態をよく理解したうえで賢く選択していく必要があります。現実を見つめながら国民が安心して暮らしていくために何が必要か、共に考えていければと思います。

図-3
図-3

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